大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 平成8年(行ツ)133号 判決

石川県小松市木場町カ八一番地

上告人

小田合繊工業株式会社

右代表者代表取締役

小田賢三郎

右訴訟代理人弁護士

高橋隆二

大阪市西区江戸堀一丁目九番一号

被上告人

帝人製機株式会社

右代表者代表取締役

戸張幸孝

右当事者間の東京高等裁判所平成五年(行ケ)第二二八号審決取消請求事件について、同裁判所が平成八年二月二一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人高橋隆二の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものであって、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大野正男 裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 山口繁)

(平成八年(行ツ)第一三三号 上告人 小田合繊工業株式会社)

上告代理人高橋隆二の上告理由

原判決は、特許法第二九条の二第一項の解釈、適用を誤っており、その誤りは判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背があり、また理由不備であるから、破棄されるべきである。

一、 原判決は、本件発明と引用発明とが特許法第二九条の二第一項の規定の適用において、同一発明であるか否かを判断するに際し次のとおり判示している。

1. 原判決は同項の「特許出願に係る発明」(本件発明)を次のとおり認定した。

〈1〉 本件発明の要旨は、当事者間に争いがない特許請求の範囲の記載のとおり、「少なくとも二本の走行する加撚帯をある角度で交差させ、両加撚帯を積極的に押しつけ、交差面に少なくとも一本の糸条をとおし、両加撚帯が糸条に接触しかつ糸条の両側で相互にも面接触するように配置し、それによって糸条を両加撚帯で挟圧した状態で撚ると同時に送り作用を付与することを特徴とする仮撚方法」(本件第一発明)

「挟持式仮撚装置であって、少なくとも一本の第一の加撚帯と、該第一の加撚帯にある角度で交差する少なくとも一本の第二の加撚帯と該第一と第二の加撚帯を駆動する手段とを備え、該第一及び第二の加撚帯は交差する所で互いに積極的に押し付けられて表面同志が面状に接するように配置され、少なくとも一本の糸条を該第一と第二の加撚帯の交差面に通しそれによって該糸条は両加撚帯に挟持されかつ両加撚帯の進行に伴って撚られると同時に送り作用を受けるところの装置」(本件第二発明)

であること。

〈2〉 本件発明の内容として、「両加撚帯を積極的に押しつけ、交差面に少なくとも一本の糸条をとおし、両加撚帯が糸条に接触しかつ糸条の両側で互いにも面接触するよう配置することないし配置されていること」が本件発明の特徴をなす構成であると認められること(判決書二五頁二八行目~二六頁七行目)。

〈3〉 両加撚帯を「積極的に押しつけること」は、本件明細書図面第二図に示されるように、両ベルトの表面同志が面接触する状態であるとともに両ベルトに「接圧」が存在することを意味し、又両ベルトを積極的に押しつけるためには、交差する所でベルト三二と三三を押し当て、そして所望の深さだけ押し込むことが必要であるが、本件発明の要旨には右の「接圧」の具体的数値ないし「ベルトの押し込み量」についての具体的数値は特定されていないこと(判決書二六頁八行目~二七頁六行目)。

〈4〉 本件発明が(引用発明の奏するものより)顕著な効果を生ずるものとすれば、本件発明において、両ベルト間の接圧の設定、ベルトの押し込み量を最適なものとした場合であると推認されるところ、本件発明の要旨には、これらの具体的数値が特定されていないから右の顕著な効果を奏するものということはできないこと(同四〇頁一一行目~四一頁三行目)。

2. 原判決は特許法第二九条の二第一項の「他の特許出願の明細書又は図面に記載された発明」(引用例である甲第三号証記載の発明)を次のとおり認定し、本件発明と実質的に同一であるとした。

〈1〉 引用発明には「接近または接触してそれぞれ異なる方向へ走行するベルト間に糸条をはさんで通過走行させ撚りを与えるようにした仮撚装置」が記載されているところ、同発明は、両ベルトが糸条体Yに接触するとともに、ベルト同志が互いに食い込んだ状態にあり交叉部において両ベルトは面接触するように走行するものと理解できる(判決書三六頁四~六行目)。

〈2〉 引用発明は、両ベルトが接近するが接触まではしないで走行する態様から、ベルト同志が面接触して走行する態様までのいずれをも包含するものであり、原告主張のような「間欠的接触」に限られると解すべきものではない(判決書三九頁六~一〇行目)。

二、 上告人が不服とする点

1. 第一に、原判決は、特許法第二九条の二第一項の「発明と同一であるとき」の規定を、実質的に同一発明である場合も含むことを前提に解釈しているが、実質的同一なる判断基準を明らかにしていない。特許法第二九条の二の規定は、その立法趣旨並びに規定の仕方からみて、不明瞭な概念である発明の「実質的同一性」を含むものではないにも関らず、原判決は本件発明を引用発明と実質的に同一であるから、特許法第二九条の二第一項に該当すると判断したのは法律の解釈を誤った違法がある。

2. 第二に、原判決が本件発明の特徴をなす構成が前項一、1.〈1〉及び〈2〉のとおりであると認定したことはそのとおりであるが、特許法第二九条の二第一項の適用につき判断した本件発明の理解(前項一、1.〈3〉、〈4〉)は、発明の理解の仕方が基本的に誤っているものであり、ひいては同項の判断適用の誤りに帰着するものであるから、理由不備と言わなければならない。すなわち、本件発明の「両仮撚帯を積極的に押しつける」との構成によって本件発明の顕著な効果を奏するにもかかわらず、原判決は、両仮撚帯の押し込み量の具体的数値が特許請求の範囲に記載されていない以上、右の顕著な効果を認めることはできないと判示したことは、特許請求の範囲に記載された技術的事項の解釈の手法自体誤るものである。

3. 第三に、原判決が認定した引用例の発明の内容は事実誤認であり、本件事案について示された特許法第二九条の二第一項の適用は理由不備であり違法である。

三、 まず、特許法第二九条の二第一項の解釈の誤りについて述べる。

1. 特許法第二九条の二の規定は、いわゆる先願発明の拡大と呼ばれる規定であって、先願発明の出願当初の明細書、図面に記載された発明につき、その特許請求の範囲に記載された発明ばかりではなく、明細書の詳細な説明や図面に記載された発明と同一の発明に対し、後願に係る発明の排除効を与えている。その立法趣旨は、

(イ) 先願の明細書又は図面に記載されている発明は、特許請求の範囲以外の記載であっても、出願公開により一般にその内容は公表される。従って、たとえ先願が出願公開をされる前に出願された後願であってもその内容が先願と同一内容の発明である以上、さらに出願公開等をしても、薪しい技術を何ら公開するものではない。このような発明に特許権を与えることは新しい発明の公表の代償として発明を保護しようとする特許制度の趣旨からみて妥当ではない。

(ロ) 審査請求制度を採用したことに伴い、審査は出願審査請求順に行われる。そのため、先願が出願審査請求されていなければその先願の請求範囲は確定しない。そこで、補正により請求の範囲を増減変更することができる範囲の最大限である出願当初の明細書又は図面に記載された範囲全部に先願の地位を認めておけば先願の処理、を待つことなく後願を処理できる。

ことにある。すなわち、特許法第二九条の二の規定は、後願によって同一発明を再度公開しても保護を与えるまでの産業上の寄与(特許法第一条)がないとする特許制度自体からの根拠と、審査便宜上の根拠に基づくものである。

この点、同一発明の非特許性を規定した、新規性がない(同一)発明は特許を受けることはできないとする特許法第二九条第一項や、ダブルパテントを防止する必要から先願発明のみが特許を受けることができるとする特許法第三九条とはその立法趣旨は明らかに異なる。

2. 特許法第二九条の二第一項は、その後願排除を認める範囲として「願書に添付した明細書又は図面に記載された発明」と規定する。この「記載された発明」とは、同条同項の前記立法趣旨からみて、文字通り明細書、図面に記載された発明及び、記載はされていなくとも当業者にとって自明な範囲の発明に限られるものでなければならない。なぜなら、先願の発明の補正の範囲は、当初明細書に記載された範囲に限られており、それを越えて、実質的同一の範囲で補正することは許されないからである。特許法同条同項における審査処理上の便宜は、先願発明の補正の最大限の範囲において、後願排除を認めることで十分その目的を達成できるものであり、先願発明に十分に技術内容が開示されていないにも関らず、そして、先願発明が補正の対象とすることができない実質的同一発明の範囲まで先願の地位を認めて後願発明を排除することは、特許法第二九条の二の立法趣旨に反することになる。

3. 本件発明の構成は、引用発明の明細書に明確に記載された発明ではないことは原判決も認めることである。引用発明の明細書中の極めてあいまい不明瞭な記載をもって本件発明と実質的に同一と判断し、特許法第二九条の二第一項を適用したものである。このことは、特許法第二九条の二の解釈適用を誤ったことに帰着するので違法であり、原判決は破棄されるべきである。

四、 次に、原判決の本件発明の理解の誤りについて述べる。

1. 本件発明は、両加撚帯を積極的に押しつけ、交差面に少なくとも一本の糸条をとおし、両加撚帯が糸状に接触しかつ糸条の両側で相互にも面接触するように配置すること(ないしは配置されていること)が、そのもっとも特徴をなす構成であることは原判決の判示のとおりである。

しかし、右の「両加撚帯を積極的に押しつける」旨の記載の技術的意義は、単に「両加撚帯を押しつける」こととは異なることは、「積極的に」の文言がある以上当然である。そして、又単に、「両加撚帯が糸条に接触しかつ糸条の両側で相互にも面接触するよう配置する」こととも異なることも又当然である。なぜなら、本件発明の特許請求の範囲の記載においては、「両加撚帯を積極的に押しつけること」の構成と、「両加撚帯が糸状に接触しかつ糸条の両側で相互にも面接触するように配置すること」の双方の構成を何れも発明の構成に欠くことができない事項として記載されており(特許法三六条三項)、その双方の構成が同義であると理解しなければならない事情はないからである。

2. しかしながら原判決は、本件発明の技術内容を、「両加撚帯を積極的に押しつける」ことの技術的意義を認定することなく(その記載を実質的に無視して)、単に両加撚帯が糸条の両側で相互に面接触するよう配置することと認定している。かような原判決の判断は特許請求の範囲に記載されている文言を無視するものであり、本件発明の技術内容の認定の仕方として基本的な誤りを犯していると言わざるをえない。

3. 本件発明の「両加撚帯を積極的に押しつける」ことの意味は、「積極的」なる副詞文言がある以上、単に、「両加撚帯を押しつけること」とは異なり、「積極的」すなわち進んで物事を行なう様子(態様)が必須である。「積極的」とは押しつける行為に対する評価を示すものである以上、その押しつける態様や程度を示すものであることは明らかであるところ、特許請求の範囲の記載からはその態様や程度は明らかとは言えない。

しかし、本件発明の明細書の、「相当の張力でベルトを張っていても長時間の運転中にはゆるみが生じ走行中のベルト表面に微小な波打ち動作が生じる。この微小な波打ち動作が生じると糸条の挟持状態に影響し撚りにバラツキが出るといった仮撚加工としては致命的な結果を生ずるものである。そのためベルトを積極的に接触させないやり方の仮撚装置では実用的な仮撚加工はこれまで不可能な状態にある。」(公報コラム一一、四~一二行目)、「交差する所でベルト三二と三三を押し当て、そして所望の深さだけ互いに押し込むことができる。」(公報コラム一一、二九~三一行目)、「この結果に示されるように糸の太さが直径訳〇.〇八mmの場合に、ベルト相互が〇.五mm以上押し込まれた状態つまり十分に押し付けられた状態では安定的な撚りがかけられるけれども、ベルトが十分押し込まれていない状態では撚りが大きくバラツキしかも撚り数が急激に減ることが示されている。」(公報コラム一三、三五~四一行目)、「このようにベルト相互を極めて接近させて糸を挟持するやり方では実際上には仮撚加工は行なえず、十分に押し付けなければ安定的な仮撚加工が行なえないことは、この実験例からも明らかであろう。」(公報コラム一四、三九~四四行目)、「つまり両ベルトが積極的に押し付けられているかそうでないかの構造上の差異は機械的には微差として見られやすいが、この点が仮撚加工において決定的な差異を意味することは前述の実験例からも明らかであろう。」(公報コラム一五、一~五行目)の各記載からすれば、本件発明の「両加撚帯を積極的に押しつける」ことは、単に両加撚帯が糸条の両側で相互に面接触するよう配置されるにとどまらず、安定的な撚りがかけられるまで両加撚帯を互いに一定の深さだけ押し込むことを意味するものであることが理解できる。そうであればこそ、本件発明の特許請求の範囲において、単に「両加撚帯を押しつける」ことと区別するために、「両加撚帯を積極的に押しつける」旨の記載があるのである。

4. この点、原判決は「本件発明が、仮に引用発明の奏するよりも顕著な効果を生ずるものとすれば、それは、本件発明において両ベルト間の接圧の設定、ベルトの押し込み量を最適なものとした場合であると推認されるところ、前示のとおり、本件発明の要旨には、これらの具体的数値が特定されていないのであるから、本件発明が引用発明に比し、顕著な効果を奏するものということはできない。」と判示する(四〇頁一六行目~四一頁三行目)。すなわち、本件発明の要旨(特許請求の範囲)に接圧や押し込み量など数値限定の記載がない以上、本件発明の明細書に記載された顕著な効果を奏する発明とは認められないとするものである。右の顕著な効果の内容について原判示は認定していないが、本件発明の明細書において明記されている仮撚加工した糸条の撚数を安定して維持することである(甲第二号証公報コラム一一、二行目~コラム一五、五行目、第八図)。

5. 原判決の右の判示にみられる本件発明の理解の仕方として重大な誤りが二点ある。

第一点は、特許請求の範囲の解釈は、本来、明細書に記載される発明の効果が奏すべく解釈しなければならないところ、原判決は、本件発明の構成においては、明細書に記載される特有の効果を奏することは認められないとするもので、本件発明はあたかも必須要件の記載が欠如しているかの如き判断をしている。

本件審決取消請求訴訟は特許法三六条が争点となっているものではない。従って、特許請求の範囲に記載の発明は、明細書に記載の特有の効果を奏する必須の構成が記載されているものとして本件発明の技術内容を理解しなくてはならない。にもかかわらず原判決は、本件発明の構成は明細書記載の特有の効果を奏しないと判断したことは、特許請求の範囲の解釈方法としては重大な誤りがあり、特許法三六条、七〇条の解釈、適用違背がある。

第二点は、「両加撚帯を積極的に押しつける」ことが本件発明の技術思想の中核をなすものであり、かつその技術的意義が前記のとおり、解釈すべきであるにもかかわらず、特許請求の範囲中にその積極的に押しつけることの具体的態様である数値限定をしない限り、本件発明は顕著な効果を奏する発明とは認められないとする点である。

ベルト押し込み量や接圧の最適値の具体的数値は、ベルトスピード、糸条の太さ等のパラメーターによって大きく影響を受けるものであり、単純な関係にはない。従って、特許請求の範囲の記載において、特許を受けるようとする発明を数値によって特定することは不可能である。このことは本件発明の詳細な説明をみれば明らかなことである。しかし、本件発明の特徴は、前記のとおり両ベルトを所望の深さだけ互いに押し込むこと(その押し込み量は条件によって異なる。)にあり、その必須の技術内容を表現したのが前記の「両加撚帯を積極的に押し込む」ことに他ならない。従って、本件発明の技術思想は特許請求の範囲に必須要件として過不足なく記載されており、本件発明は、当然、明細書記載の顕著な効果を奏する発明であること明らかである。

6. 以上のとおり、原判決は、特許請求の範囲に記載された発明の理解を誤り、ひいては特許法第二九条の二第一項の解釈、適用を誤ったので明らかな法令違反があり、その法令違反は判決に影響を及ぼすこと又明らかである。

五、 原判決における引用発明の技術内容の認定の誤り。

1. 原判決は、引用例(甲第三号証)記載の発明は、両ベルトが接近するが接触まではしないで走行する態様から、ベルト同志が面接触して走行する態様までのいずれをも包含するもの(ベルト同志が十分に押し込まれているとまでは認定していない。)と認定した。

2. しかし、その認定の理由には、原判決が右のように認定したとすれば引用例中の一連の図である第一乃至三図中において、第二図と第一、三図(及びそれらの説明)との間で生ずる決定的な技術的矛盾に対する判断が全くなく(上告人はこの点を原審において強く主張した。)、明らかな理由不備であり、事実誤認である。

3. 引用例の発明はいわゆる摩擦式仮撚装置であることが明記(甲第三号証二六三頁右欄六行目)されているところ、摩擦式仮撚とはその名のとおり、摩擦体であるベルトの摩擦力を利用して糸条を仮撚する方式のものである。従って、摩擦体のベルト同志が面接触して高速走行すれば、そこに高熱を発し、使用に耐えないことはだれでも容易に理解できることである。にもかかわらず、原判決が引用例中の「接近または接触」の文言にひきづられ、技術常識上有り得ない摩擦体同志が面接触して高速走行する態様を認定したことは、理由不備も著しい。引用例中の「接近または接触」なる文言の解釈は右の技術常識を前提にすれば、上告人が原審において主張した間欠的接触状態(ベルト同志が接触していないが極めて近接して糸条に対する接圧力を有しつつ、ベルト走行中の波打ちなどで間欠的に接触する場合など、ベルト走行中わずかに時折接触する状態)において他にない。

六、 よって原判決は、本件発明の要旨の理解を誤るとともに引用例記載の発明の技術内容を誤認したことにより特許法第二九条の二第一項の解釈、適用を誤った違法があり、その違法は判決に影響を及ぼす違法であるので原判決を破棄すべきである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例